FC2ブログ

第148段  「ごめんなさい」を親・兄弟・配偶者に言えたら、どんなに楽か

「ごめんなさい」の言葉は、知り合い始めたころの男女間なら、素直に言える。
しかし、時が経ち、慣れ合いを持つと、この言葉が出なくなる。
出なくなるというより、気まずく、はにかみもあり、言えなくなる。
ましてや、親、兄弟、年月を経た配偶者なら、尚更である。

飛行機


こちらが悪かった時、「ごめんなさい」と素直に言えたら、どんなに気持ちが楽だろうか。
この言葉は、言われた側も、それ相応に受け止める。
これほどに、素晴らしい言葉。
しかし、「ごめんなさい」を言うには、大げさかもしれないが、勇気や覚悟がいる。

私の知っている女性から聞いた話であるが、朝、中学生になる息子と喧嘩して送り出した。
少しして、息子が戻ってきて、お母さん、さっき、いろいろ言ったけれど「ごめんなさい」と言ったという。
なんと、勇気ある、素直な少年だろうか。
スポンサーサイト



第147段  高価な衣服の行方

お金の話で恐縮であるが、約40年前、某ブランド品の半袖Tシャツを2万3千円で購入した。
いま思うと、たかが、Tシャツ、それが、この値段。
処分するにあたり、久々に袖を通した。
体系そのものは、昔と変わらずに問題ないのだが、なにせ、似合わない。
着こなしができない。
場違い。
特段、派手であるとか、奇抜さがあるわけでない。

L1080330(1).jpg


若者用に作っている。
裏返せば、10年前のTシャツが変わらず着られるということは、それなりのノウハウが詰め込まれていないと言うことかもしれない。
さすがに一流のデザイナーが作ったものであると感心した。

バッチャン焼き


私の結婚式でのスピーチは、ブランド品を常に着用しており、「ブランド坊や」と呼ばれていたと、友人から祝辞を受けた。
年月を経て、ブランド服は卒業したが、陶磁器に凝っている。
陶磁器の行方は、どうなのだろうか。

第146段  「良い風」が吹く時をじっと待つ、待つ先は、「本望」


中小企業の社長と話をする機会があった。
「世の中、景気が良くなった。
そうなると、「わが社のような企業では、求人広告等を出しているが、人材が集まらない」。「少しでも良い給料、賞与が求められる」。
関係機関から企業倒産の情報が入る。
何時、倒産の憂き目に合うか分からない。
打って出ないと、存続が困難。
しかし、海外進出等の思い切った勇気はない。
自社の努力にかかわらず、世の中の状況が盛衰を決定する。
祈るような口調、「神頼み」。

L1040108.jpg


澄んだ目と柔和な物腰。
切磋琢磨し、自分磨きをする。
社長の判断は、全てを決める。
一生懸命働いてくれる、従業員がいる。
しかし、二進も三進もいかない。
現状への苛立ちが伝わってくる。
他力本願は、モットーではないだろう。
我慢に我慢を重ね、「良い風」をじっと待つ。

第145段  衣替えの時節がやってくる

今ある現状を少しでも変えたい時、部屋の模様替え、新しい靴を履く、一人旅に出かける等様々な方法がある。

友は、新規一転、新しい風を呼び込むため、全ての衣装を処分した。
体型さえ変わらなければ、何年でも着用可能だ。

自分の中で区切りを付けたいと言う思いは、衣装を処分した行動と伴に間接的に様々な効果が生まれた。
何より、自分の気持ちに区切りをつけ、もやもや感は去ったようだ。

L1090684.jpg
 

ちょっとしたことであるが、この「チョット」は、狂い出した歯車を元に戻す役割を果たす。
何でも、思ったことを行動に移すことは、大切なことである。
衣料などは、その時々の「思い」が染みついている。
処分することは、「思い」から切り離すことにもつながる。
捨てられず、溜りに溜った衣料が沢山ある。
衣装替えの季節がやってくる。
タンスにしまう前に、思い切った処分をしようと思う。
もちろん、心機一転を念頭に。

第144段  自然の中で遊ぶこと


多くの親は、家でゲームをしているよりは、自然の中へ子供を連れ出して遊びたいと言う。
子供には、少しでも長い時間自然に触れて欲しいと願う。
家族で野外キャンプをする。
山に登る。
山菜を採る。
魚を捕る。
キノコを採る、などなど。
都会に住む友達は、子供を自然に触れさせたい願望があり、度々我が家を訪れた。
関係ないが、傍目には、親もかなりはしゃいでいた。

PICT0034.jpg


姪の子供は、夏休み期間中に2泊3日で遊びに来た。
男の子であり、カブトムシを捕りに行くことを楽しみにしていた。
滞在期間中、田舎生活を満喫した。
親は、ディズニーランド、高級ホテルのプール、海水浴等に連れて行ったが、田舎での思い出が一番楽しかったと聞く。
私にしてみれば、幼少のころの遊びを繰り返しているに過ぎない。

L1100291.jpg


私の子供は、「事あるごとに」野外に連れ出した。
しかし、ビルの谷間に営む者と比べ、どれほどの違いが有るのだろうか。
私の子供を見ていると疑問である。
女房は、そんなこと考えなくてもいいじゃないの。
その時、皆、笑顔で過ごせたのだから。と言った。

第143段  徒歩競争は、順位をつけることが大切だ

私の家の近くの小学校では、運動会の練習をする光景が見られる。
最近の運動会の徒歩競争は、順位を付けないと聞く。

L1100508.jpg


否、競争をして1.2.3をつけることが大切。
その差があることを善悪の判断ではなく、ありのままとして認める。
競争に勝ち抜くという意識から抜け出し、違いを認め合いながら共生していく価値観。
競争をして順位を決め、認めることは、多様性を生む。
その多様性が共存することは、異なる考え方を受け入れる風土を育む。
その風土は、新しいものを取り入れていく素地を生み出す。
多様性は、社会を動かすエネルギーとなる。

_1070404(1).jpg


運動会の徒歩競争もそうであるが、「物事」が変わった時、大きな意味で、大げさな言葉ではなく、世の中が変わる気配がある。

第142段  5円玉を握りしめて帰った日

道路の通りは、お稲荷様を祭っていたこともあり、「稲荷通り」として栄えた。
生活の主要道路であり、商店も並び賑わいを見せていた。
並ぶ家は、商店のほかは、何代も続く家の人たちが暮らしていた。

321.jpg


時は流れ、商業圏が移り、空き家が目立ち始めた。
そのような折、一件の空き家が壊され始めた。

そこの家のおじいさんは、回覧板を持っていくと、「お駄賃」として10円をくれた。
当時の10円は、棒状のアイスクリームが1本購入できた。
いつ行っても、小さな引き出しから10円をくれた。
ある時、今日も10円をくれると思って回覧板を持っていくと、引き出しに10円がなく、今日はこれしかないと言い、5円くれたことがあった。
10円が5円になった悲しさは、特別なかった。
しかし、壊される家を目の前にして、何故か、自分の中で、とうの昔に忘れていた「5円玉を握りしめて帰った日」が懐かしく思い出された。

第141段 夏模様(なつもよう)


半袖だったワイシャツは、長袖に代わった。
あれほどに暑さを誇示した夏も、追いやられる。
勇者のごとく振る舞った夏は、透明な秋色にとって代わられる。
透明感が増す秋は、虫たちを連れ、秋色を織りなす。

PICT0034_20170922161102dca.jpg

強烈な夏の出来事は、日差しの傾きと共に忘れられ、「夏日の出来事」として語られる。
短い夏は、原色の声を海や山にも、ちりばめた。
汗した夏は、追いすがろうとする者もいない。
忍び寄る秋は、夏の終わりを告げには来ない。

PICT0008.jpg


秋の気配は、夏模様(なつもよう)には目もくれず、日々に染み入る。
どれほどに、強烈だった夏。
夏は、意外に、優しい模様(もよう)を擁している。

第140段  終焉を迎える頃

季節ごとに親戚、友人に、リンゴ、ナシなどを贈る。
これらの農産物を送っていただく農家の方とは、懇意にさせていただいている。
農家は、高齢化や後継者不足などにより、リタイヤしつつある状況。
美味しいリンゴ・ナシなどは、産地ならば、どこで購入しても美味しい訳ではない。
美味しい果物を作る農家は、限られている。
美味しさ、品質、信頼度などを考えると、今、送っていただいている農家以外は、思いつかない。
リンゴ農家は、公共高齢者施設の建設用地に提供するために農地を手放す。
ナシ農家で頑張っている人は、もうすぐ90歳を迎える。
そのような理由で今年は、友人にリンゴを贈るのを止めようと考えている。

L1090343.jpg


この出来事は、自分が、「大きな意味で終焉」を迎える一つの節目。
農家がリタイヤすると同時に、私も友人に農産物を送れなくなる。
農産物を贈る側も、贈られる側も、年を重ねた。
終焉までの行程は、段階がある。
一つ一つ、物事が回らなくなる。
歳をとった。
その言葉が身に滲みる。

第139段  赤色の競演から学んだこと


「赤い色」を多く占める場所。
大概の人は、この前を通ると立ち止まる。
概念で「あっ」と何かを感じる。
その後に「情緒」を持って見つめる。
きれいだ、すごい場所だ等。

消火栓と彼岸花


赤が占める割合の順は、「彼岸花」、「消火活動用具箱」、「消火栓」、「カーブミラーの下の矢印」。
見つめていると彼岸花は、群がって咲き、返って寂しささえ、感じさせる。
目立つことが使命である鮮明な赤色の消火栓。
やや色あせてしまった消火活動用具箱。
「注意」と書かれた赤い矢印。
この中で、一番目立つ赤は、何ですかと聞いた。
画面を凝視していたが、○○と言い、他の人も同じだと言う。
○○を分らせるような写真は、撮れなかった。
しかし、○○が一番目立つと言ってくれた。
この場所は、毎年見るが、表現の仕方が分らない。
「主体性がない」と言う素晴らしさもない。
いっそ、青色なら、また違った考え方が出来るのだろうか。
プロフィール

はせ 鱗人

Author:はせ 鱗人
外人と間違われることシバシバ。
趣味は、魚釣り。幼少から父親に連れられ魚と戯れた。骨董収集、主に絵画、陶磁器
出身学校 明治大学商学部

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR