FC2ブログ

第60段  写真を撮ること 

321.jpg

カメラを持ち合わせない時、偶然出会った光景を写真に納めたいと思ったことは、何度もある。
しかし、自分の中では、光景を脳裏に焼き付けたことで、全てが完結している。
何故なら、カメラに納めたか、納めなかったかだけの話。

L1050770.jpg


風光明美な場所に出向くと、その素晴らしさをカメラに納める人たちが多い。
カメラに納めることは、何も悪くない。
本当の「そのものの、良さ」を目でしっかり見て、脳裏に焼き付けてほしい。
カメラに納めた安心感から、目の前にある実物の素晴らしさを軽視してしまう。

概念的ではあるが、対象物への時間配分の目安。「目で見ることが、8割」、「カメラに納めることが2割」。
脳裏に焼き付けた、素晴らしい光景は、日常生活のふとした時に思い出す。
とぼけた隣人に出合ったような感覚で。
スポンサーサイト



第59段  人は、人を真似る

L1050681(1).jpg

ハノイから車で2時間ほど離れた田舎町。
露店でバンを油で上げている女性。
目が合う。
子供は3人おり、上が中学生等の話をする。
特段、お腹が空いているわけではない。

L1050701(1).jpg


相手と目が合い、表情を見て食すことを決める。
目が合った瞬間、女性に私の表情が伝わり、女性が微笑む。
言い換えると、自分が微笑んでいれば、相手も微笑む。
女性を見た瞬間、食べるか、食べないかが決まる。
それは、自分の内面が相手に伝わり、自分と同じ表情が女性に表れたにすぎない。
人は、人を真似る。

第58段  物に満たされること

バッチャン焼き
焼き物の産地に出かける。
家に置き切れない陶器。
また買ってきたのと言われるが、今はもうその声も出ないのか、聞くことがない。
しかし、困ったことが有る。
日常使う急須は、お気に入りの急須。
その他のものは、何回か使うだけで、仕舞い込む。
どのようなものを購入したかも、忘れてしまう

L1090996.jpg


物があふれ、満たされる。
女性が服、靴、ジュエリーを購入する感覚と基本的には同じ。
使わなくとも、物に満たされることは、心や、気持ちも満たされる。

第57段  観光地を守り続けること

_1070995(1).jpg

住民憲章、住民協定で地域を守る。
自分たちの生活の場があって、全てが成り立つ。
理屈では、そのとおり。
皆、分っている。
しかし、経済が絡むと、その観点は、右に行ったり左に行ったりする。

観光地となると、特に難しい。
他より目を引く看板、のぼり。
営業時間、マスコミや取材撮影への許容範囲等々。

_1070826(1).jpg


しかし、一線を守る団体もある。
この一線を守る原動力は、「何か」を問う。
様々な言葉が並べられた。どうしても腹に落ちない。
この原動力を支えているものは、重厚な「思想」。思想とは、考えのことでなく、信念に似通ったもの。そう問い返した。
すると、生きる美徳、「んん」。・・・納得。
苦しいがやり通す。そこに、そこにしか見られない風格が人に備わる。
その風格は、人から人に宿り、街並みに反映され、旅人の心地よさに転換する。

この風格は、紆余曲折はあったろうが、江戸時代の宿場町として旅籠を営んでいた頃と変わらない。
何故なら、「しっかり、過去を知ることが大切」と、言い切られた。

第56段  お茶を飲むこと

ko-hi-(1).jpg

日本人が昔から飲用している「お茶」。
生活様式も変わり、多くの若い方は、珈琲の文化を享受している? 
お茶の生産量が減り、愛用する人が少なくなったことも事実である。
しかし、当然のこと、まだ多くの人がお茶を飲用している。

縁側でお茶を飲むことは、部屋に上がり込むこともなく、「他者」も気軽に利用できた。
交流の場であり、和気あいあいと「お茶を飲む」場所だった。
縁側から連想することは、ご近所付き合い、世間話、漬物の味、日向ぼっこをする猫、などなど。
「あったかさ」がこれらの中には、含まれる。

生活様式の変化(珈琲の愛用)は、お茶文化までを一変させ、日本家屋の有り方まで変えてしまった。

第55段  「無機質」について考える

L1080914.jpg

前段、お断りをするが、ここで取り上げる、都会、大型店、効率化などが決して悪い訳ではない。
田舎者が、都会に行き、いつもの生活スタイルと違うことを感じ、言葉に転換すると「無機質」と表現したまでである。

さて、「無機質」について考える。
人の配置が、省略化されている。
すると、そこに働く人の感情が入らなくなり、無機質。物が多く、その物の処理は、機会化や便利器具で代用する。
すると、やはり、人とのやり取りが省略される。

L1080920.jpg


「無機質」を理解して生活をしていればよいが、「無機質」を「無機質」と思わず生活する先には、何らかの危険が待ち伏せしているような気がしてならない。

第54段  正法眼蔵を読む

L1090758.jpg

道元和尚が開祖した総本山、永平寺。
高僧は、正法眼蔵を記された。
小学校の頃、図書館の先生から正法眼蔵を読むと賢くなると聞き、高校生時代に読む。
正直、何が書かれているかも覚えがない。

L1090800.jpg

その先生は、一読したが賢くならなかったと話された。
この話をすると必ず皆が、私に問う。「賢くなった」、「何にも変わらない」。
「それじゃ、読んでも読まなくても一緒じゃない」。
道理である。
しかし、何故か割り切れない。

第53段   投宿の2日前、ネットで直前割引を申し込む  

L1090996.jpg

投宿の2日前、ネットで直前割引を申し込む。
他のプランと比較して安価。
この商品を狙っていたわけではない。
急遽、出かける用事が浮上。
安価による部屋、食事内容が気になる。
通された部屋は、4畳と12畳と窓越しに4人掛けソファがある空間。
「えっ、ホント」。
温泉は、誰も入っておらず、貸切り状態。
食事は、他のお客さんと遜色なし。

L1090914.jpg


往年、大型バスが行き来し、10畳に4,5人の布団が敷かれ、寝泊りする団体旅行。
時代は変わり、個室が中心となった。
大型施設は対応が遅れ、客離れで倒産状態。
小さな施設が比較的残った。
皮肉である。
この町の主産業である陶器店も宿泊施設同様と、店主が教えてくれる。
気に入った急須を見つける。
随分値引きしてくれた。
ホテルも陶器も満足。
満足の後ろは、様々な悩みを抱えている。





第52段  奥さんと旅をする

L1090993.jpg

奥さんと旅をする
別に驚くことではない。
しかし、友に話すと、「えー、奥さんと」と随分驚く。
別に意図はない。
ただ、日程調整が簡単。
しかし、殊の外、喋ることもない。
だが、旅特有の臨場感が共有でき、会話に滑らかさが加わる。

日常と違う空間が与えられ、夫婦関係を顧みる機会にもなった。
毎日暮らす家庭。
円満であるに越したことはない。
円満であるように努力すべきだ。
その一つの形が、旅行。

L1090812.jpg

良いことである。友と旅の話は続き、旅に出たいと言う。
「定年退職したら」と友。「誰と出かける」と私が問う、「女房と」。
「えー、奥さんと」思わず、口から出た。

第51段 都会の色

L1090739.jpg

装飾公害。
このような言葉を使ってよいのか。
適当な言葉が見つからない。
多色である。それが都会の魅力を増していることは、事実。
人が集まれば、より際立たせるため、様々な色を使う。
そこに住む人たちは、当たり前の光景。
訪問者は、カルチャーショックに近い。

L1090684.jpg

しかし、その中にも落ち着きを見出せる瞬間は、ある。
落ち着き? 見ていて違和感がない。一つの色が、多く使われていること。
訪問者でないと、気付き難い。
その瞬間を見た時は、ホッとする、ホッとできる。
常に気に留めて暮らすと、ホッとできる光景は、沢山ある。
プロフィール

はせ 鱗人

Author:はせ 鱗人
外人と間違われることシバシバ。
趣味は、魚釣り。幼少から父親に連れられ魚と戯れた。骨董収集、主に絵画、陶磁器
出身学校 明治大学商学部

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR