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第26段 学生時代を想う

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純白の心に色彩を重ね、ヤドカリのように殻を探し歩く学生時代。
楽しいことが有り過ぎるあまり、もがき苦しむことが多い。

輝いていた、何をやっても花だった、昔を静観する。
あの時のもがき苦しみ、楽しんだ日々。
過ぎ去った出来事を噛み砕き(かみくだき)、苦笑いをする。
そんな時、世間は、歳をとったと揶揄する。

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やっと、若かりし頃の分岐点が解りだした。
あの時、「ああすれば、良かった」多くの人がその言葉を発する。

それもまたよし。

しかし、「良いと思ったこと」が駄目で、「良くないと思ったこと」が、充実を招いている事例は、山ほどある。
人生は、解らない。
そんな言葉を発することが出来るほど、物事が解っている訳ではない。
ただ、良いと思ったこと、駄目だと思ったこと、どちらも良かったり、悪かったり。

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そのことだけは、よく解る。
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第7段 風雨の翌日

桜が散った
もうすぐ90歳になる母は、手術を受けるため入院をした。5年ほど前の入院時も同じであったが、「せん妄(もう)」と言い、急におかしなことを言いだし、点滴の針を抜いてしまうなどで病院からは3回呼び出された。その時は、「せん妄(もう)」の知識もなく、どうなることかと案じた。

しっかりした母であったが、痴呆も少し入り、寄る年には勝てないと、親を通して未来の自分を重ねる。病室の窓からは、昨夜の大雨と風により散ってしまった桜が眺められる。短期間で散る桜の潔さは、賛辞の言葉が多い。人間の死と同一には、考えられない。しかし、どちらも、定めである。

この年まで生きたから、いつ死んでも良いと言っている母。散った桜をカメラに収めた後、死期がふと頭をよぎった。「いつ死ぬか」いったい誰が決めるのだろうか。

第1段 ざぜん草の咲く頃

座禅草

自分だけの秘密の場所に咲く、ザゼンソウ。群生して咲くわけでもなく、人知れないことがあたり前の目立たない場所である。十年ほど前、是非連れて行ってほしいと言われ、知人夫婦を案内した。見る側の喜びを見て、ザゼンソウも喜んでいたかもしれない?雪が残るこの時期、雪を押しのけて咲くことで、雪割草とも言われている。「今年も咲いてくれてありがとう。」その言葉が、ザゼンソウと対峙すると自然に口から出る。「ありがとう」を言いたくて、出かけるのかもしれない?ずいぶん、まわりくどい男になった。
プロフィール

はせ 鱗人

Author:はせ 鱗人
外人と間違われることシバシバ。
趣味は、魚釣り。幼少から父親に連れられ魚と戯れた。骨董収集、主に絵画、陶磁器
出身学校 明治大学商学部

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